1.本プログラムの履修・修得状況について
東海大学 数理・データサイエンス・AI教育プログラム(略称 TMDA、以下、本プログラムと呼称)は、東海大学理系教育センター(以下、センターと呼称)が全学を対象として開講する4科目「社会情報概論(旧:ICT入門)」・「人工知能」・「データサイエンス入門」・「データサイエンス基礎」から構成され、卒業までに4科目全てを受講し合格(単位取得)することによって、本プログラム修了と判定、本学公式の修了証明書が発行される仕組みとなっている。なお、本プログラムの概要については、各学部の授業要覧に明記されている。
(参考:2023年度東海大学文学部授業要覧からの抜粋)
以下に、本プログラムを構成する4科目の2023年度開講実績(開講クラス数)を示す:
上記、本プログラムを構成する4科目は、学生が自由に履修選択・判断が可能な「自己修得科目群」に属しており、各科目の履修登録とは別に、本プログラムの参加(履修開始)を学生から受け付ける仕組みは設けていない(2024年4月現在)。よって、本プログラムを構成する4科目のうちどれか1科目以上について、はじめて履修登録した年度・セメスターを「本プログラムの履修開始」と定義している。本プログラムを構成する各科目の履修登録及び成績は正確に把握できており、これらを以て、各年度における本プログラムの履修・修得状況を分析する体制となっている。
これより、2023年度における本プログラムの履修状況について述べる。全体として履修率は大幅に増加(前年比+9.8%)し、全体の18.7%となった。これは、デジタルリーフレットを活用した本学プログラムの学内広報、プログラムを構成する各授業の開講クラス数増加とともに、数理・データサイエンス・AI領域に対する社会的ニーズの高まりも大きな要因と考えている。一方、依然として学部間の履修率に差が見られる。本学は全国に多くのキャンパスを持ち、本プログラムを構成する4科目は遠隔授業を活用して全国どのキャンパスからも受講できる体制となっているが、各学部の履修率差は、各学部学科でのカリキュラム構成や履修指導によるところが大きいと考えられる。センターとしては、各学生が本プログラム履修を検討しやすくするよう、本プログラムを構成する科目の開講曜日時限配置や開講クラス数について調整を図るとともに、中長期的には、本プログラムだけでなく情報教養科目群を大学全体としてどのように位置づけるのか、より多くの本学学生に数理・データサイエンス・AIについての学びを提供するにはどうすればよいか、学内のしかるべき部署とともに議論を進めていく計画である。
次に、2023年度における本プログラムの修了状況について述べる。新たな修了者は243名となり、昨年度実績(97名)からの増加傾向は継続している。履修者数の増加とともに、本プログラムも運用開始から3年目となり、指定4科目の単位取得を果たした学生が自然と増加した帰結とみている。なお、修了者は多くの学部に分散しており、特に文学部・文化社会学部等の文系学部をはじめ、湘南キャンパス以外(熊本:基盤工学部、北海道:生物学部)からも修了者を出したことは、本プログラムが、文系理系を問わず、全学を対象とした教育プログラムとして軌道に乗りつつあることの傍証であろうと考える。
2.学修成果について
まず、本プログラムの達成目標は、本学学生が以下に示すAIとデータサイエンスに関する5つの能力を得ることである。
- AIやデータサイエンスが、現代の社会変化とどのように関係しているか具体例を伴って説明できる
- AIやデータサイエンスが、非常に多種多様・広範囲のデータを活用し、問題解決のツールとして具体例を説明できる
- AIやデータサイエンスは、現代社会の様々な分野において、新しい価値を生み出していることについて具体例を説明できる
- AIやデータサイエンスを扱う際は、個人情報の取り扱いや倫理の問題などを考慮しなければならないと、具体的に説明できる
- AIやデータサイエンスを、自分の生活や学習、仕事に活かす基本的な手法を、具体的なデータをもとにして実践できる
本プログラムでは、プログラムを構成する4科目全体の学習を通じて、上記プログラムの達成目標を達成するよう、各科目の授業目標・授業内容を構成している。このことを踏まえ、各科目の単位修得率・成績分布をもとに本プログラムの学修成果を分析する体制となっている。
2023年度、本プログラムを構成する4科目の単位修得率は、社会情報概論(旧:ICT入門)87.7%(前年比+10.8%)、人工知能 83.7%(前年比+2.1%)、データサイエンス入門 77.0%(前年比+3.3%)、データサイエンス基礎 82.0%(前年比+1.4%)と概ね良好である。各科目とも前年度までの減少傾向から一転して回復を果たした。特に社会情報概論は履修中の受講放棄(出席回数不足)を主原因とする「/」評価を大幅に減少させた。これは後述(4節)するように、自動採点小テストの積極展開を通じ、受講生が自身の理解度を把握しやすくなったことも一因と考えている。一方、データサイエンス入門は「/」評価の比率が依然として高い。これは科目名称に「入門」を含み、グレードナンバーとしても最も基本的な内容であることを示す100番台(基礎標準レベル)であることから、楽な科目と誤解される受講時のミスマッチが相当数含まれているのではないかと考察している。より詳細には受講生に対する別途調査が必要であるが、当面の対策として、シラバス及びリーフレット等での内容周知をより一層進める方針である。
続いて、2023年度に本プログラムを修了した学生(243名)の成績(再履修を含む)に目を向けると、各科目の成績分布は総じて良好であり、各授業目標を十全に達成したと認められるS評価~A評価の比率は71.6%~78.4%と非常に高い。この比率は上述の2023年度開講授業(全履修者)の同比率(41.5%~52.5%)と比較して明らかな差が認められる。なお、本プログラムは、修了のために複数年度にわたって各授業を履修することが多く、母集団が異なるため単純な比較はできないが、本プログラムを修了した学生の高い学習意識や成果を示す傍証にはなるだろう。以上から、本プログラム修了者は、本プログラムを構成する4科目での学修を通じ、目標とする学修成果を概ね得たものと判断している。
3.学生の内容理解度と他学生への推奨度について
本プログラムにおける学生の内容理解度と他学生への推奨度については、本学全授業を対象とした授業評価アンケートの結果に基づいて分析し、次年度授業内容の見直しを行うための基礎資料とする体制となっている。
(1) 内容の理解度について
2023年度授業評価アンケートの結果をみると、全体的に見て概ね良好であり、理解度及び学習到達目標達成に相当する設問(設問#9、設問#11)においても大きな問題は見られない。ただし、本プログラムを構成する4科目のうち、「データサイエンス入門」は理解度及び学修到達目標達成の評価ともにやや低いほか、授業の難度が不適切(設問#3)との指摘があり、前述の通り、学生が想定する入門的内容とのミスマッチを示唆している。そのほか、学生の意欲・授業参加を促す工夫(設問#8)については全体的に低評価となっており、本プログラムにおける授業内容と授業実施の方略について見直しの余地があることを示している。2024年度は、各授業のシラバスやガイダンス資料において授業内容をより分かりやすく伝えるような工夫を進めるとともに、授業評価の高い教員による実践を参考として、実際的な授業改善に向けたFDを積極的に展開していく計画である。
(2) 他学生への推奨度について
2023年度授業評価アンケートに後輩等他の学生への推奨度を直接測る指標はないが、授業満足度の回答結果(設問#14)について、5段階評価において4.0を超えており、間接的に推奨度としても概ね良好と推測している。一方、学習・研究・実社会への有用度を問う設問#12の低さは留意すべき点である。2024年度は、本プログラム修了者に対するインタビューなど、学生に身近さを感じさせる広報の展開について検討を進めていくとともに、履修者や履修を検討している学生を対象としたTeamsを新たに立ち上げ、プログラム履修や修了に向けたサポート体制確立を図る計画である。
4.全学的な履修者数、履修率、修得率向上に向けた計画の達成・進捗状況
本プログラムを構成する4科目については、履修登録者だけでなく、履修希望者の数を正確に把握できる仕組みを整えており、その内容に応じて開講コマ数や授業形態の改善・調整を図り、履修者数・履修率・修得率の拡大を目指す体制となっている。
これまで、本プログラムを構成する各科目では、履修希望者が定員を超過することによる履修制限が常態化しており、より多くの履修希望者を受け入れる体制を整えることが、本プログラムの履修率を向上させる大きなポイントとなっていた。そこで2023年度は昨年度に比して開講クラス数を大きく増加させるとともに、履修希望者が特に多い「社会情報概論」「人工知能」について、採点を自動化した小テストや共通教材の提供により授業担当者の負荷低減を図り、2023年度秋学期より一部クラスにおいて履修制限の撤廃を行った。これは第1節で述べた履修者増に大きく影響したものとして評価できる。結果、本プログラムの履修率(2023年度 18.4%)は、本プログラム申請時の目標(13%)を達成できた。
2024年度は、開講クラス数の増加に加え、さらに履修制限を撤廃したクラスを増加させることにより、受け入れ人数の拡大を進める。但し、実習を含む科目「データサイエンス入門」「データサイエンス基礎」について、ただ単純に1クラス当たりの受け入れ数増を図ることは、個別指導の品質を維持できなくなる可能性が高く、かえって本プログラムに対する学生の満足度や修得率を低下させることに繋がりかねない。長期的には、本プログラムにおける効率的な教材開発、学生個別対応体制、本プログラムに関与する教員体制の改革に関し、具体的な検討を並行する必要があろう。また、1節で述べたように、自己修得科目群というプログラムの位置付けのまま、履修率の抜本的な改善は難しく、カリキュラム改訂とあわせて、中長期的・全学的な議論のもと、プログラムの再編成も視野に入れていく必要があるだろう。
次に、プログラムの修得率について述べる。1節で示した表からも明らかなように、本プログラムを構成する4科目のどれかを履修しはじめた学生数(2023年度15,856名)と比べ、4科目全てを履修した(即ちプログラムを修了した)学生数(2023年度243名)は明らかに少ない。これは、まず上述のように各授業を履修したくても履修できないというケースや、長期的に、複数年かけて履修しようと考えているケースが考えられるが、それ以上にカギを握っているのは、プログラムを構成する科目群の中でも難易度の比較的高い「データサイエンス基礎」の履修状況にあるとみている。当該科目における履修希望者の定員超過は他の授業より少ない。よって、さらなる修得率向上のためには、当該授業の開講クラス数を増やすだけでなく、本学学生に対し、入門科目から基礎レベルへのステップアップを図る意識涵養を進める必要があるだろう。また、本学における本プログラム履修者の定義から、実際には教育プログラムの履修ではなく、特定科目の興味に留まっている可能性も相当に高いとみている。以上を踏まえ、2024年度は、ガイダンスやリーフレットを通じた本プログラム全体像の周知、本プログラム各科目での履修勧奨、「データサイエンス入門」から「データサイエンス基礎」への接続性向上などを進めることにより、プログラム修了を目指す学生の拡大を図っていく。
5.教育プログラム修了者の進路、活躍状況、企業等の評価
本プログラム修了者の進路については、本学キャリア指導担当部署との連携に基づき、正確な情報把握が可能である。また、本学理系教育センターでの授業展開に協力を頂いている企業・団体・地域とのミーティングを通じ、進路選択・就職活動における本プログラムの価値に関する情報収集を進めるという体制である。
これまで本プログラムを修了した者362名(2021年度~2023年度)のうち、2023年度に卒業した学生は130名である。進路未定・不明の学生を除いてその構成を調べると、およそ半数は情報処理技術者をはじめとした技術系職種に就職しているが、これは本プログラム修了者の分布が理工系に多いことの影響とみている。そのほかは進学を含め幅広い進路傾向が見て取れ、幅広い分野に数理・データサイエンス・AIに関するリテラシーを備えた学生を送り出すことができたものと考えている。
なお、現時点では、本プログラムを修了した学生の就職後追跡調査や実際に就職した企業等からの意見聴取は実施できていない。今後、本学キャリア指導担当部署との連携のもと、その状況把握を図っていく。加えて、在学中の修了者について、各学生が所属する学科との情報交換を継続し、その後の活躍状況、特に本プログラムを通じて修得した数理・データサイエンス・AI分野の基礎知識・スキルを、それぞれの主専攻における学修・研究にどう生かしているかについて、その把握に努める。
6.産業界からの視点を含めた教育プログラム内容・手法等への意見
本学理系教育センターが全学開講している「社会情報実践」(旧:「ビジネスIT応用A/B」)は、遠隔インターンシップ授業(大学授業の中において疑似的にインターンシップを体験できる授業)として、連携する各企業から提示される問題解決にAI・データサイエンスを活用して取り組む実践的な授業であり、本プログラム修了者の受講を期待・推奨している。このことを踏まえ、理系教育センターでは、当該授業のPDCAサイクルの中において、授業に参画いただいている企業担当者とのミーティングを通じ、本プログラムの内容・手法等について、産業界からの視点を含めた意見交換を実施することとしている。
これまでの産業界との議論を通じて、数理・データサイエンス・AI分野の理論・技法だけを特化して学ぶのではなく、社会ICT副専攻の一部として本プログラムを位置づけるという本学理系教育センターの方向性については適切であると判断している。一方、数理・データサイエンス・AIを実際の問題解決にどのように活かせばよいのか、その意識を早期から醸成するために、小さな問題解決を実践する演習・ワークショップ等を本プログラムを構成する各科目内により多く組み込むか、もしくは授業外の活動として提供するかなど、既存授業内容と調整を図りつつ検討を進める必要がある。今後も当該授業の中で連携企業とディスカッションを重ね、本プログラムの学びの修正・改善を継続的に行なっていく。
7.数理・データサイエンス・AIを「学ぶ楽しさ」「学ぶことの意義」を理解させること
本プログラムは、理系教育センターが開講する全学対象科目の一部として組み込まれており、オンデマンドガイダンス、センターWebサイト、TMDAプログラムのリーフレット等を通じて、本プログラムとそれ以外の科目群との関連を明示することにより、数理・データサイエンス・AIを学ぶことによってどのような活用・活躍が考えられるのか、どのような分野とかかわりがあるのか、学生にわかりやすく伝わるよう工夫している。また、本プログラムで学んだことを社会の様々な問題解決に向けて活用・応用できる授業「社会情報実践」を開講し、数理・データサイエンス・AIを学ぶことの意義をより深く実感できるよう、カリキュラムとしての工夫を図っている。
また、本プログラムを構成する4科目の中においても、授業導入として数理・データサイエンス・AIを学ぶ意義や課題を理解することを組み込んでいるほか、MDASH【リテラシーレベル】として必須事項以外の部分については、授業クラスによって様々なツール・アプローチを提供し、学生の興味やスキルに応じて自由に選択できるようにしている。これらの取り組みは2024年度も継続する計画である。
8.内容・水準を維持・向上しつつ、より「分かりやすい」授業とすること
本プログラムを主管する理系教育センターでは、授業評価アンケートの分析、産業界を含む有識者とのミーティング、FD活動を通して、学生にとって「分かりやすい」授業とするための改善活動を恒常的に実施している。さらに、各担当者における授業改善成果を教員業績評価対象とすることにより、改善の実効を高める体制を整えている。
特に、本プログラムの科目群では、理系文系問わず様々な学部学科の学生が受講するため、前提とする学生の知識は多種多様である。ゆえに、本プログラムにおける入門的位置づけにある「社会情報概論(旧:ICT入門)」や「データサイエンス入門」では、知識ゼロからでも始められる授業構成とした。具体的には、高校までの学習内容の復習機会を与えるとともに、他授業との関連を示し、各受講生の不足部分をどう補えば理解が深まるか明示するようにしている。さらに、説明だけでなく、実践的なデモンストレーションや映像等を活用して具体的に示すことにより、いかに実践すればよいか明確に伝え、加えて掲示板やTeamsチャット、2次元メタバース等を活用した質問対応を行うことで、遠隔授業におけるインタラクティブ性を保ち、「分かりやすい」授業となることを目指している。上記のような取り組みは、全学対象の本プログラムにおいて内容・水準を維持・向上させるためには必須と考えており、2024年度以降も継続・発展させる計画である。
事例紹介:2023年度「データサイエンス入門」における、ある授業クラスの実践事例
本クラスでは、授業全体を3つのチャンクに分け、それぞれ記述統計・区間推定・統計的仮説検定をテーマとした学習を進めている。その大きな特徴として反転授業形態がある。受講生は、各回のオンデマンド教材(動画・スライド教材・実習教材・自動採点小テスト)を通じて各自のペースや必要性に応じて学習を進め、授業日前日までにその報告(疑問点の提示)を行う。授業時間では、前回課題の講評解説、学習報告内容をもとにした質疑応答ののち、実践的な練習問題(課題)に取り組む。このような構成にしたことにより、受講生のコンピュータ操作スキルや数学・統計に関する学習歴・理解度の差を吸収するとともに、練習問題とその個別指導に充分な時間を得ることになる。これは授業の水準を保ちつつ「分かりやすさ」を高めるための工夫と考えている。また、各チャンクの最終回は、チャンク内容のまとめ試験を実施するとともに、オープンデータなどを活用した応用・発展的な問題にグループで取り組む実践課題を課している。このような工夫は、受講生にとって、授業で得たスキルが実社会でどのように有用であるのか、その「学ぶ意義」を感じ取ることに繋がり、受講生同士がそれぞれの学習方法や知見を持ち寄って問題解決を図ることによって、データサイエンスを「学ぶ楽しさ」を見出してくれるものと期待している。
公開:2024/6/11
文責:東海大学理系教育センター